「かまってほしい」が言えない子どもたち ―情報化時代の愛着形成を、児童養護施設の現場から考える

子どもの「困った行動」の裏にある一番のニーズは、驚くほどシンプルです。それは「安心して頼れる相手がいる」という感覚です。ところが今、この感覚を育てる時間そのものが、家庭からも施設からも、じわじわと奪われています。原因は虐待や貧困だけではありません。スマホやタブレットに象徴される「情報の多さ」そのものが、親子の関わりを浅くしているのです。

児童養護施設の職員も、子育てに悩む親も、まずこの前提を共有することから始めたいと思います。

人間の脳が1日に処理できる情報量には限界があります。ところが現代人が日々さらされている情報量は、その限界をはるかに超えています。画面を見る時間が長い人ほど、親や友人への愛着が薄いという海外の調査結果もあります。

これは意志の弱さの問題ではありません。仕組みの問題です。

・家事は電化で楽になったはずなのに、空いた時間は仕事や自分のスマホに吸い取られる
・「一緒にいる」時間は増えても、「ちゃんと向き合う」時間は増えていない
・子どもの気持ちや欲求に応えるより、映像や音声に子守りを任せる方が圧倒的に楽

こうした状態が続くと、子どもは「求めても無駄」だと学習します。これが回避型と呼ばれる愛着スタイルです。親を求めない、困っても助けを呼ばない、一見「手のかからない良い子」に見える。でも実際は、安心して人に頼るという土台が育っていないだけなのです。

施設の現場にいると、この「回避型」の子どもに毎日のように出会います。

私が実際に関わっている子達の中にも、感情をほとんど表に出さない子がいます。叱られても泣かない。褒められても淡々としている。一見落ち着いているように見えて、実は「期待しても無駄」という学習の結果であることが多いのです。

これは施設に来る前の家庭環境だけの話ではありません。施設という場所自体、新生児室やベビーベッドの発想と同じく、「効率よく多くの子を安全に見る」ことを優先しがちな構造を持っています。だからこそ職員一人ひとりが、意識して「密着する時間」を作りにいかないと、回避型を助長する場になりかねません。

一方、子育てに悩む親御さんからよく聞くのも似た話です。「動画を見せている間は静かにしてくれるから、つい頼ってしまう」「気づけば一日のほとんどをスマホを見ながら過ごしている」。悪気はまったくありません。ただ、目の前の子どもより、画面の情報に脳のスペースを奪われてしまっているだけなのです。

情報があふれる時代だからこそ、意識的に「何もない時間」「ただそばにいる時間」を作ることが、愛着形成には欠かせません。

児童養護施設の職員であれば、業務に追われる中でも、子どもの目を見て話を聞く数分間を意図的に確保すること。子育てに悩む親御さんであれば、スマホを置いて子どもと過ごす時間を、罪悪感ではなく「これで十分」という感覚で持つこと。

完璧である必要はありません。大切なのは「あなたを見ている」「困ったときはここにいる」というメッセージを、行動で繰り返し伝え続けることです。それが、回避型という適応戦略を選ばなくても済む世界を、子どもに用意してあげることにつながります。