「産後の恨みは一生」だけでは語れない。夫だって、ずっと我慢しなくていい

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「産後の恨みは一生忘れない」

SNSを見ていると、こんな言葉をよく目にする。

産後は身体も心も大きく変わる。睡眠不足になり、ホルモンバランスも崩れ、授乳や夜泣き、家事、上の子の世話まで重なる。

だから、夫がもっと妻を支えなければいけない。

これは本当にその通りだと思う。

僕自身、子どもが3人になった今だからこそ、産後の妻の大変さは以前よりも想像できるようになった。

でも、最近どうしても引っかかることがある。

それは、

「産後だから仕方ない」という言葉が、時々、妻側には“何を言っても許される理由”として使われ、夫側には“何をされても我慢する理由”として使われてしまうことだ。

僕は、それは違うと思う。

産後が大変なのは、本当

まず最初に言っておきたい。

この記事は、産後の女性を責めるためのものではない。

産後の女性が大変なのは間違いない。

身体は出産という大きな負担を受けている。

夜は赤ちゃんに起こされる。

授乳がある。

自分の睡眠を自分の都合で確保することも難しい。

上の子がいれば、赤ちゃんだけを見ているわけにもいかない。

そして、「母親なんだからちゃんとしなきゃ」というプレッシャーもある。

産後うつなど、本人の気合いや根性だけではどうにもならない状態になることもある。

だから、夫は「俺も仕事してるんだから」ではなく、妻の置かれている状況を理解する必要がある。

妻がつらいときには支える。

家事も育児もできることをやる。

話を聞く。

必要なら医療機関や相談機関につなげる。

これは夫として当然必要なことだと思う。

ただし、

「妻が大変だから、夫は何をされても我慢しなければならない」

となった瞬間、話は変わってくる。

「産後の恨みは一生」に違和感を持つ理由

「産後の恨みは一生」という言葉。

妻側からすれば、

「あのとき夫に何もしてもらえなかった」

「あんなに大変だったのに、自分だけが頑張っていた」

という記憶は、それだけ強烈なものなのだと思う。

だから、その気持ち自体を否定するつもりはない。

でも、少し考えてみてほしい。

もし、

「産後に妻が夫からされたことは、一生忘れなくていい」

のであれば、

「産後に夫が妻からされたことも、一生忘れなくていい」

のではないだろうか。

もちろん、夫婦で傷つけ合ったことをいつまでも恨み続けろという話ではない。

僕が言いたいのは、

妻のつらさだけを“正当な傷”として扱って、夫のつらさを“我慢不足”にしてはいけない

ということだ。

「産後だから」で、夫の気持ちまで消してはいけない

僕自身、子育てをしていて思う。

妻から何か言われたとき、

「今は産後だから仕方ない」

と考えようとする。

妻も大変なんだ。

寝不足なんだ。

身体もしんどいんだ。

だから自分が我慢すればいい。

そうやって、一度飲み込む。

また何か言われる。

また飲み込む。

「今は仕方ない」

「今は大変だから」

「自分がもっと頑張ればいい」

そうやって積み重ねていく。

でも、人間だから限界はある。

男だって傷つく。

男だって疲れる。

男だって、「そんな言い方しなくてもいいだろ」と思うことがある。

そして、それを何度も繰り返されれば、

「もう何も言いたくない」

「一緒にいるより、一人で子どもを見ている方が楽だ」

と感じることだってある。

これは、妻を嫌いになったという話ではない。

夫婦間の調整に疲れてしまうことがある、という話だ。

実際、妻がいない方が子どもを見やすいと感じる瞬間がある

僕は最近、子どもを見ていて、

「妻がいない方が、逆に楽だな」

と思ってしまうことがある。

これは、妻がいない方が子育てが楽という意味ではない。

子ども3人を一人で見ること自体は、もちろん大変だ。

でも、一人で子どもを見ていると、

「今はこれでいい」

と自分で判断できる。

子どもが泣けば、自分なりに考えて対応する。

ご飯を食べなければ、今日はこれくらいでいいと思える。

多少部屋が散らかっていても、今は子どもを優先しようと思える。

ところが夫婦で一緒に子育てをしていると、

「それは違う」

「こうした方がいい」

「なんでそうしたの?」

と、お互いのやり方が気になることがある。

そして一番しんどいのは、

「任せる」と言われたのに、後から相手の基準で評価されること。

これをされると、次第に「じゃあ、最初から俺がやらなければいい」となってしまう。

あるとき、妻から「昼間は家で寝かせてほしい」という希望があった。

でも、その希望が事前に共有されていなければ、僕には僕なりの判断がある。

それなのに後から、

「なんでそうしたの?」

と言われる。

そこで、

「それなら最初に言ってくれればよかったじゃん」

と思ってしまう。

これは、どちらが悪いという単純な話ではない。

夫婦だからこそ、「察してほしい」ではなく、希望を言葉にすることが必要なんだと思う。

「男性は我慢するもの」という考え方も、もうやめたい

男性は、

「妻が大変なんだから我慢しろ」

と言われやすい。

仕事をしている。

父親なんだから頑張れ。

妻を支えろ。

子どもを守れ。

もちろん、その責任から逃げるつもりはない。

でも、

父親であることと、傷つかない人間であることは別だ。

夫だから、何を言われても平気なわけではない。

父親だから、疲れないわけでもない。

男性だから、弱音を吐かなくていいわけでもない。

むしろ父親が限界まで我慢してしまえば、最終的に家庭全体に影響が出る。

だから、

「妻を支える」

と同時に、

「夫も支えてもらう」

という発想が必要なんだと思う。

大切なのは「どちらが大変か」を競わないこと

夫婦喧嘩になると、

「私の方が大変」

「俺だって大変」

という話になりやすい。

でも、これをやり始めると終わらない。

妻には妻の大変さがある。

夫には夫の大変さがある。

どちらかを証明する必要はない。

大切なのは、

「あなたが大変なのは分かった。じゃあ、僕はどうしたらいい?」

そして、

「あなたも大変なのは分かった。じゃあ、僕はどうしてほしい?」

と話せることだと思う。

例えば、

① その場では受け止める

「今かなりしんどいんだね」と、まず気持ちを受け止める。

② 落ち着いたら具体的に話す

「さっきの言い方は俺も結構傷ついた」と伝える。

③ 二人でルールを決める

「疲れているときでも、人格を否定する言葉は使わない」

「限界になったら『今無理』と言っていい」

「一人になりたい時間をお互いに作る」

こういう小さなルールを作っておく。

これだけでも、夫婦の関係は少し変わると思う。

「産後うつだから仕方ない」ではなく、「産後うつだからこそ支える」

ここは誤解してほしくない。

もし本当に産後うつなどで苦しんでいるのであれば、

「言い方が悪いから直して」

だけでは解決しない。

本人の努力だけではどうにもならないこともある。

だからこそ、夫婦だけで抱え込まず、医療機関や周囲の人に助けを求める必要がある。

そして夫も、

「妻が病気なんだから俺が全部受け止めなきゃ」

と一人で抱え込まないこと。

支える側にも支えが必要だ。

これは子どもの養育にも似ている。

子どもに「安心して」と言うだけでは、安心できない。

安心できる環境を大人が作る必要がある。

夫婦も同じだと思う。

「お互いに大切にしよう」と言うだけでは足りない。

お互いが大切にされる仕組みを作ることが必要なんだ。

子どものためにも、夫婦のどちらかを犠牲にしない

僕は児童福祉の仕事をしているからこそ、ここは強く思う。

子どもにとって大切なのは、

「お母さんが全部我慢する家庭」でも、

「お父さんが全部我慢する家庭」でもない。

大人も自分を大切にしながら、子どもを大切にできる家庭だと思う。

大人が疲れ切っていたら、子どもに優しくする余裕もなくなる。

だから、親自身が「助けて」と言えることは、決して弱さではない。

父親が「それは傷つく」と言うことも、逃げではない。

母親が「今日は無理」と言うことも、甘えではない。

夫婦がお互いに、

「今ちょっと余裕がない」

と言える関係。

そして、

「じゃあ、今日は俺がやる」

「じゃあ、今日は私がやる」

と言える関係。

そんな家庭の方が、子どもにとっても安心できるのではないだろうか。

最後に

「産後の恨みは一生忘れない」

その言葉に込められた女性の苦しさは、僕は否定したくない。

でも同時に、

「産後の夫の傷つきも、なかったことにしないでほしい」

とも思う。

産後は妻だけが大変なのではない。

夫だけが大変なのでもない。

二人とも、人生の大きな変化の中にいる。

だからこそ、

「どっちが大変?」

ではなく、

「今、どっちが限界?」

で考えてみる。

妻が限界なら、夫が支える。

夫が限界なら、妻が支える。

二人とも限界なら、二人以外の誰かに助けてもらう。

それでいい。

男性は我慢することが愛情ではない。

そして、

女性が我慢することも愛情ではない。

夫婦のどちらか一方が壊れるまで耐えるのではなく、二人とも壊れないように支え合う。

それが、子どもを育てるということでもあると思う。

「産後の恨みは一生」という言葉を、夫婦を責めるための言葉にするのではなく、

「あのとき、あなたもしんどかったよね。俺もしんどかった。でも、これからは二人でやっていこう」

と話すきっかけにできたらいい。

僕自身も、まだまだできていない。

妻に対して「なんで分かってくれないんだ」と思うこともある。

妻もきっと、僕に対して同じように思うことがある。

それでも、どちらか一方だけを悪者にするのではなく、

「お互い、もう少し楽に子育てできないかな」

と考えていきたい。

子どものためにも。

そして、夫婦が夫婦でいるためにも。